東京高等裁判所 平成5年(ラ)82号 決定 1993年5月21日
抗告人 広瀬隆
抗告人 竹村英明
抗告人 山崎久隆
抗告人 平井孝治
抗告人 中手聖一
右抗告人ら代理人弁護士 海渡雄一
同 鬼束忠則
同 伊東良徳
相手方 平岩外四
相手方 那須翔
相手方 池亀亮
右相手方ら代理人弁護士 西迪雄
同 海老原元彦
同 向井千杉
同 富田美栄子
同 谷健太郎
主文
一、本件抗告を棄却する。
二、抗告費用は抗告人らの負担とする。
理由
一、本件抗告の趣旨は、
1. 原決定を取り消す。
2. 相手方らは、左記の文書(以下「本件各文書」という。)を提出せよ。
記
(一) 平成二年四月一八日の電気事業法(以下「法」という。)四二条一項に基づく修理工事計画について法施行規則三五条による様式三九の工事計画届出書及び工事計画書、工事工程表、変更を必要とする理由を記載した書類など通商産業省に提出された所定の書類の控え
(二) 同年五月二九日の法四三条一項に基づく法施行規則三七条四号イ項についての使用前検査申請についての同規則三九条による様式四〇の使用前検査申請書及び当該使用前検査申請のために東京電力株式会社(以下「東京電力」という。)が通商産業省に提出した書類の控え
(三) 同年八月一五日の法四三条一項に基づく法施行規則三七条四号ホ項についての使用前検査申請について同規則三九条による様式四〇の使用前検査申請書及び当該使用前検査申請のために東京電力が通商産業省に提出した書類の控え
(四) 日時不明の法四七条に基づく定期検査の申請について法施行規則五八条による様式四九の定期検査申請書及び当該検査申請のために東京電力が通商産業省に提出した書類の控え
(五) 本件再循環ポンプについて、同年六月一六日及び七月一二日に実施された超音波探傷検査、同年六月一六日に実施された放射線透過検査、同月八日、同月一五日、同年七月一二日に実施された浸透探傷検査についての基本データ
というものであり、その理由は、別紙「抗告の理由」のとおりである。
二、そこで、まず、本件各文書が民訴法三一二条の各号に該当するか否かについて検討する。
1. 民訴法三一二条一号該当性
民訴法三一二条一号にいう「当事者カ訴訟ニ於テ引用シタル文書」とは、当事者がその訴訟の口頭弁論期日等において積極的にその存在に言及して自己の主張の根拠ないし補助とした文書をいうものと解すべきところ、一件記録によれば、相手方らは、その主張又は提出にかかる書証において、東京電力は、本件発電機の運転再開に当たっては、法四二条に基づく改修工事の工事計画届出等を行うとともに、各工事の工程ごとに法四三条所定の使用前検査を受け、また、法四七条所定の定期検査を終了した結果、本件発電機が法四八条に基づく通商産業省令所定の技術基準に適合しないものでないことが確認された等として、抗告の趣旨2項(一)ないし(四)記載の文書が作成された原因となった工事又は検査が行われたこと及び右工事又は検査について通商産業大臣に届出がなされたこと並びに同(五)記載の文書が作成された原因となった各検査が行われたことについて言及していることが認められるが、これらの事実と本件各文書の関係についてはなんら述べておらず、本件各文書の存在を具体的な形で明らかにしたことはないのであるから、相手方らが本件各文書の存在に言及して自己の主張の根拠ないし補助としたといえないことは明らかである。
したがって、本件各文書が民訴法三一二条一号の文書に該当するということはできない。
2. 民訴法三一二条三号前段該当性
民訴法三一二条三号前段にいう「挙証者ノ利益ノ為ニ作成セラレ」た文書とは、挙証者の法的地位、権利又は権限を直接証明しあるいは基礎づける文書であり、かつ、当該文書がそのことを目的として作成されたものをいうと解される。
本件本案事件のような商法二七二条に基づく取締役の違法行為差止請求においては、その原告ら(抗告人ら)は、その株主としての共益権に基づき、本来、会社が行使すべき差止請求権を、会社のために行使するものであるから、この場合、右挙証者とは株主たる原告ら(抗告人ら)及び会社(東京電力)の双方を指すものと解すべきであるところ、前記のように、本件各文書は、いずれも本件発電機の運転再開のため、法に基づく必要な諸手続を履践するために作成された文書であり、間接的には東京電力及びその株主たる抗告人らの利益につながる側面があることは否定できないものの、その法的地位、権利又は権限を直接証明しあるいは基礎づける文書といえないことは明白であり、右のような意味で挙証者の利益のために作成された文書ということはできない。
したがって、本件各文書が民訴法三一二条三号前段に該当するとの主張は失当である。
3. 民訴法三一二条三号後段該当性
民訴法三一二条三号後段にいう「挙証者ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニ付作成セラレタル」文書とは、挙証者と文書所持者との法律関係と密接な関連を有する事項を記載内容とする文書であり、かつ、当該文書が挙証者と所持者との法律関係それ自体あるいはその法律関係の基礎となりまたは裏付けとなる事項を明らかにする目的で作成されたものをいうと解される。
本件本案事件は、原告ら(抗告人ら)において、東京電力の代表取締役である被告ら(相手方ら)が、本件発電機について発生した事故についての原因解明も再発防止対策も不十分なまま、その運転を再開させたことが取締役として要求される善管注意義務及び忠実義務に反する行為であるからその差し止めを求めるというものであるところ、相手方らが本件各文書の所持者といえるか否かは問題のあるところであるが、仮に相手方らが本件各文書の所持者に当たるとしても、本件各文書は、前記のように、本件発電機の運転再開のため、法に基づく必要な諸手続を履践すべく東京電力によって作成された文書であり、もっぱら東京電力と国(通商産業大臣)との公法上の法律関係につき作成された文書であって、東京電力の株主たる抗告人らとその取締役である相手方らとの法律関係について作成された文書でないことはもちろん、東京電力と相手方らとの法律関係(委任契約であり、これに基づき相手方らは商法二五四条三項に定める忠実義務を負うと解される。以下「本件法律関係」という。)と密接な関連を有する事項を記載内容とする文書ということはできない。もっとも、このように監督官庁との関係で、法に基づき要求される必要な諸手続を履践することも、代表取締役としてなすべき業務の一つであることはいうまでもなく、その意味で、本件各文書が、本件法律関係と関連を有することは否定できないけれども、右のような義務が、相手方らの忠実義務の本体であるとか、その中心的内容であるといえないことは明らかであり、右のような関連性だけから、本件各文書が本件法律関係と密接な関連を有する事項を記載内容とする文書であるということはできない。また、前記のような本件各文書の性質、内容からすれば、本件各文書は、もっぱら法に基づき必要とされる諸手続履践のため作成されたものであり、本件法律関係それ自体あるいはその基礎となる事項を明らかにする目的で作成されたものともいいがたいのであるから、この面からしても、本件各文書は、民訴法三一二条三号に該当しないというべきである。なお、抗告人らは、本件各文書には、本件発電機について発生した事故に関する重要な情報が秘匿され、又は虚偽の事実が記載されている旨主張するが、仮にそれが事実としても、右に述べたような本件各文書の性質、内容、その作成目的等からすれば、それゆえに本件各文書が同条三号の要件を満たすといえないことは明らかである。
したがって、本件各文書は、民訴法三一二条三号後段に該当するということはできない。
三、よって、本件抗告は理由がないから、これを棄却することとし、抗告費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 高橋欣一 裁判官 矢崎秀一 及川憲夫)
<以下省略>